こんにちは、nijimamaです。
今回は、私が母として大切にしていることや、
「どんな母でいたいと思ってきたのか」について書いてみようと思います。
小さい頃から「ママになりたかった」
私は、小さい頃から「ママになりたい」と思っていました。
なぜか年下の子によく懐かれていたし、友達の弟や妹と遊ぶのも大好きでした。
赤ちゃんや小さい子を見るだけで嬉しくなるような子どもだったと思います。
「自分は若いママになる」
小学生の頃には、そんなことをなんとなく決めていました。
小学校の卒業式で、
「夢は幼稚園の先生になることです」
と発表したのも覚えています。
理想の母親像があった
昔から、
「こんなママになりたい」
という理想がありました。
- 子どもの居場所をつくってあげること
- 一人じゃないよと寄り添うこと
- 子ども扱いせず、一人の人間として向き合うこと
- 自分の価値観を押し付けないこと
もちろん、
「良いことと悪いことを教える」
というのは別です。
でも、自分の考えを一方的に押し付ける親にはなりたくありませんでした。
自分が「こうしてほしかった」と思うことを、
「自分が母親になったら絶対にしてあげたい」
そう思っていました。
そして何より、
安心できる家庭にしたかった。
それが一番大きかった気がします。
「全部伝わっている」と思っていた
私の幼少期については、また別の記事で書こうと思っていますが、
正直、居心地の良い家ではありませんでした。
なので私は、とにかく
「居心地のいい家」
を作りたいと思っていました。
子供に対して高圧的な態度をとったり
「無条件に大人は子供より偉い」というような関係性ではなく、極力対等で居たい。
対等というか・・
「大人」と「子供」ではなく「人」と「人」で居たいと思っていました。
なので私は、子どもたちが赤ちゃんの頃から、全て言葉で説明していました。
「まだ小さいから分からない」
とは思わなかったんです。
感情も、言葉も、ちゃんと伝わっていると思っていました。
だから言葉遣いも変えました。
母親になる前の私は、本当に口が悪かったので…。笑
「育児は育自」
私がずっと大事にしている言葉があります。
それが、
「育児は育自」
という言葉です。
子どもを育てるだけじゃなく、
自分自身も育ててもらっている。
子どもたちがいるからこそ、学べたことが本当にたくさんありました。
だから私は、子どもたちが小さい頃からずっと、
「ママも人間だからね」
と伝えてきました。
「間違えることもあるし、全部正しいわけじゃない。
だから、もし違うと思った時はちゃんと教えてほしい。」
そう話していました。
泣かない母でいようとしていた
離婚するまでは、私は子どもたちの前で泣かないようにしていました。
子どもたちが心配すると思っていたからです。
泣くとしても、感動した時くらい。
でも、下の子は本当によく泣く子でした。
小学生になっても、涙が出ることがたくさんありました。
私はそのたびに、
「泣くのは悪いことじゃないよ」
と伝えていました。
「我慢しなくていい。
泣きたい時は泣いていいんだよ。」
そう言い続けていたら、ある日、子どもたちに言われたんです。
「ママも同じだよ」
「泣きたい時は泣いていいんだよ」
って。
その言葉を聞いた時、私は泣きました。笑
私が泣くと、下の子は一緒に泣いて、ティッシュを持ってきてくれました。
上の子は、隣でずっと話を聞いてくれていました。
「ちゃんとした母」をやめた
昔の私は、
「ちゃんとした母親でいなきゃ」
と思っていました。
でも今は、完璧じゃなくていいと思っています。
母親だって人間。
弱い日もあるし、余裕がない日もある。
子どもに支えられる日だってあります。
実際、今は「私が守っている」というより、
子どもたちに守られていると感じることの方が増えました。
今思うこと
私のそばには、ずっと子どもたちが居てくれました。
一度も一人じゃなかった。
あの頃は、とにかく必死で気付けなかったけれど、
いつも子どもたちの笑顔に救われていたと思います。
今では、子どもたちは良い相談相手でもあります。
私にはない視点で、いろんなことを教えてくれる。
そんな二人の存在が、今の私にとって本当に心強いです。



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